上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010.09.09 おくのほそ道
こんにちは。松尾無精です。

大深沢の出口から約2㎞は国道47号線をたどります。

以前、大深沢で出会った人は、
   『 上の別荘地を抜けて中山平温泉郷を眺めながら、
    「なかやま山荘」の前に下りるルートもいいけどねぇ… 』
と教えてくれました。

大深沢出口から中山平温泉郷や、
しんとろの湯」を左手にながめつつ歩を進めます。
中山平温泉駅を通りすぎると間もなく「宿ノ沢」という小さな沢に架かる橋があり、
橋の傍らに立つ「中山宿跡」の道標が目に入ります。


橋のたもとに建つ「中山宿跡」の道標
橋のたもとに建つ「中山宿跡」の道標 ここが軽井沢への入り口


ここが、鳴子村の名検断といわれた遊佐平八郎・平左衛門親子によって
嘉永2年(1625)に検断がおかれた、玉造五検の一つ、中山宿の跡地です。

その先には、名関守と慕われた遊佐平左衛門の徳を偲び、
天保10年(1839)、遊佐甚之亟などによって建てられた、
「遊佐大神碑」と「岩淵大明神碑」が並んで立っています。


山神社の下の道に並んで建つ「遊佐大神碑」と「岩淵大明神碑」
山神社の下の道に並んで建つ「遊佐大神碑」と「岩淵大明神碑」


義経伝説によって建立された「山神社」 山神社からの眺め
義経伝説によって建立された「山神社」 
中山平では最も大きな社殿を持ち、
昔は角力(すもう)や神楽などが三夜二日行われたこともあった



さらにその小高い丘の上には「山神社」があります。
この神社は義経一行にまつわる伝説によって建てられました。


  義経一行が陣ヶ森で山猿の歓待を受けて一夜を過ごし、
  中山宿の里へと下って通りかかったところ、
  炭焼き源三の女房、おせんが難産で苦しんでいることを聞いた。

  そこで弁慶が栗の木で錫杖(しゃくじょう:僧侶・修験者が持ち歩くつえ)を作り、
  慈悲深い観世音菩薩を祈ったところ、
  おせんは無事に女の子を出産することができた。
  これを喜び、源三をはじめ里の人々は涙して一行に合掌した…


と伝えられています。

後に、その大慈悲を人々に分かつために、
弁慶の作った錫杖を本尊として山神社を建立したと伝えられております。

山神社の鳥居の脇には、
村の守り神、子孫繁栄の守り神といわれる
道祖神、そして庚申碑が祀られています。

庚申碑については、
前々回ブログ青面金剛童子碑を参照ください。


青面金剛童子碑(庚申碑) 道祖神
庚申碑と道祖神


さて、「奥の細道 出羽街道中山越え」は、
この宿ノ沢橋から国道を離れ、
「中山宿跡」から「山神社・遊佐大神碑」などが建つ丘を巻いて山道に入り、
200mほど続くうっそうとした杉木立に分け入ります。


奥の細道・出羽街道中山越えルートマップはこちら



ぶしょう
松尾無精 記
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。