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2010.07.21 おくのほそ道
こんにちは、松尾無精です。

→→義経伝説に惹かれて『奥の細道 中山越え』の入り口《前篇》はこちら



5月14日(今の暦で6月30日)、
岩手山(岩出山)に泊まった後、
(それがどこなのか曽良の日記にも記述がありません)
小黒崎・みづ(美豆)の小島を愛でて
尿前の関の対岸、荒雄川の東側にたどり着いた芭蕉と曽良。

当時は「鳴子ダム」もなかったので川幅もずっと広かったわけですが
折から梅雨時の雨で増水した川を渡るのに苦労したようです。

ここにも、「弁慶の船引き」という義経伝説が。

   尿前の関守館で旅装束を解き、
   北ノ方と亀若丸が川下の川原湯に毎日入浴した。
   その毎日の入浴に弁慶が流れをこいで船を引いたことから
   岩淵や上鳴子一帯に船場、船付、船小屋、船渡、船引などの
   地名がつけられている。

この辺りの川幅がせまくて、渡るのにちょうどよかったのでしょうね。


尿前の関付近・大谷川
尿前周辺の大谷川


この「尿前の関」から一気に「薬師神社跡」まで辿ってみましょう。

関守館があったという「尿前の関跡」から
やっと関所を通ることができた芭蕉たちが、
一気に山を登ったのが「尿前坂」です。

登り口のなだらかな坂の脇には「芭蕉の句碑」が建っています。
坂は突然急な石段になり、えっほえっほと登ります。


尿前坂
尿前坂


その数、170段ほどで、登りきったところが国道47号線。
パーキングエリアを横目に国道を横切ると「薬師坂」


薬師坂
薬師坂


ここの石段もえっほえっほと登り
ちょうど中間地点で後ろを振り返ると鳴子温泉が見渡せます。


坂を登ると鳴子が一望できる
坂を登ると鳴子温泉が一望できます


この石段も170段ほど。
登りきったところの左手には東屋があり、
その先には「日本こけし館」のある「鳴子公園」が見えます。


さて、この二つの坂、尿前坂と薬師坂とありますが
右手にある「薬師堂跡」の案内看板には

   尿前境目番所から薬師堂まで1町55間
   けわしい坂道で、尿前坂とも薬師坂ともいっている。

とある。
あれ、それぞれじゃなく、どっちかの名前で呼んでたんだ~
と、初めて知った。
あとで、ちゃんと確認しとこう…

この薬師堂は安永(1772)以前に建てられた村の鎮守だったが
お堂はその後温泉神社に移され、今は宝珠のみが残されている。


鳴子村鎮守薬師堂跡
鳴子村鎮守薬師堂跡


すぐ近くには歌人・「斎藤茂吉」が芭蕉に寄せた、

   元禄の
   芭蕉おきなも
   ここ越えて
   旅のおもひを
   とことはにせり


としたためられた「斎藤茂吉の歌碑」が立っている。


斎藤茂吉の歌碑
斎藤茂吉の歌碑


ここまでで、尿前の関跡から約1キロ。
先はまだまだ長いぞ…



ぶしょう
松尾無精 記




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