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2011.01.19 おくのほそ道
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おくのほそ道 散策マップ~出羽街道中山越 芭蕉の道を訪ねて~
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2010.12.17 おくのほそ道
こんにちは。松尾無精です。

松尾芭蕉が「みちのく」への旅に出た理由の一つが、
悲運の将・源義経の足跡をたどる旅でもありました。

「出羽街道中山越」は、今から830年ほど前、
兄・頼朝によって追われた義経一行が出羽から平泉に逃れたルートです。
そのルートを、逆に平泉側から歩いたのが芭蕉と曽良だったわけです。

では、義経の逃避行ルートと「おくのほそ道 出羽街道中山越」の
重複するポイントをご紹介します。
(以下、鳴子町史より引用)

「甘酒地蔵尊」「山神社」(軽井沢・宿から陣ヶ森周辺)
産後間もない北ノ方とともに陣ヶ森で一夜を明かそうとしていると、
猿が大地蔵と小地蔵に姿を変えて現れ、九尺四面の御堂を建てて、
北ノ方と亀若丸を休ませ、一方、義経主従には甘酒で接待をした。
翌日、別れ際に、自分たちもお産で苦しんでいるので助けてくれと懇願する猿に、
弁慶が安産の神として地蔵尊を祭ったところ、
後に、猿が甘酒を供えるようになった。
このことから里人はこの地蔵尊を「甘酒地蔵尊」と呼んだ。
中山宿跡にある「山神社」は、難産で難渋している里人に、
弁慶が錫杖(しゃくじょう)を作り、観世音菩薩を祈ったところ無事に出産した。
その錫杖を本尊として建立し、里人は安産の神として祀ったという。


陣ヶ森甘酒地蔵 義経伝説によって建立された「山神社」
今でも安産の信仰のある甘酒地蔵尊と山神社


「判官松と亀若松」(小深沢・大深沢・鳴子峡周辺)
陣ヶ森から星沼を抜けて旅立とうとする義経一行に、星ノ湯の湯守が
「この先の道は深い山道で、大深沢では天狗や猿が悪さをする」という。
これを聞いた伊勢三郎が「面白い」と先頭に立って歩いた。
白州原の中ほどの松並木にさしかかると、
伊勢三郎が突然襟首をとられて松の枝に宙づりにされた。
弁慶が呪文を唱え、印を切ったが効き目がない。
義経が「さては天狗のしわざなり」と小柄をぬいて打つと
天狗はもんどりうって落下し地面にたたきつけられた。
常陸坊海尊が術を持って天狗を石に変え、
弁慶がこれを大深沢に投げ捨てた。
後年、この松を「判官松」(義経のこと)と呼び、
隣の木を亀若松と呼んで厄除けの神とした。
弁慶が投げつけた石は岩にへばりついて「天狗岩」となった。


夏の大深沢 鳴子峡レストハウスからの眺め
義経らが天狗に会った大深沢と、天狗岩のある鳴子峡


「尿前の関」「弁慶の舟引き」 (尿前の関周辺)
出羽で生まれた亀若丸がここまで逃れてきて初めて泣き声をあげたので
「啼き子」と呼ばれ、「鳴子」の地名の由来になった。
また、初めて小水をしたのが「関所」の置かれていた場所だったことから、
その後「尿前の関」と呼ばれるようになった。
安心した北ノ方も、この地の河原湯を気に入り、
河原湯への往復の際、弁慶に舟を引いてもらったという…。

尿前の関 尿前の関付近・大谷川
亀若丸が始めて小水をしたといわれる尿前の関と弁慶が舟を引いたといわれる大谷川


いかがですか?
ほんの一部ですが、現代の私たちが歩いている「出羽街道中山越」のルート、
小深沢・大深沢、として星沼や中山宿跡、軽井沢には、
かつて芭蕉が歩いた道というだけではなく、
いろいろな歴史や伝説がちりばめられているんですね。
そんな知識を持って歩くと、歴史の道めぐりも、より楽しくなりますよ!



ぶしょう
松尾無精 記
2010.12.08 おくのほそ道
こんにちは。松尾無精です。

松尾芭蕉と河合曽良がたどった、鳴子・中山平の「出羽街道中山越」
それは約10㎞の、3時間ほどで踏破してしまう道でした。
もちろん、整備も進んでいない320年前は、
人が通れるくらいの山や谷を越える道でしたので、
有に半日はかかっていたと思われます。


出羽街道中山越
出羽街道中山越 


今回、初めて尿前の関跡に立ったのは5月下旬、
その後、今の暦でいう7月、
芭蕉と曽良がまさに尿前の関を通った日にも、
小深沢、大深沢を歩いてみました。
梅雨の合間、いい天気に恵まれた一日、
青々とした田んぼや新緑が目に鮮やかな日でした。


尿前の関跡 5月の尿前の関跡
5月の尿前の関跡


とはいえ、「尿前坂」から上り始めるとすぐに汗が吹き出し、
国道を横切って次の「薬師坂」は目の前に階段がそびえているし、
その坂を上りきった東屋ではさっそく休憩でした。


尿前坂 薬師坂
急な上り坂の尿前坂・薬師坂


その後、何回か歩いたわけですが、気付いたのは、
尿前坂・薬師坂の階段は、小深沢・大深沢を歩くための、
ちょうどいいストレッチということでした。

初夏の小深沢・大深沢はとても清涼感に満ちた空間でした。
熊野古道に代表される「パワースポット」のような“気”が満ちています…(笑)
真夏には大きく枝をはった木々の葉が陽ざしをさえぎり、
歩いていると汗はかくものの街中の暑さとはまた違い、
ときおり吹く風がとても心地よく、リフレッシュできたものです。

秋になり、陽ざしが弱まっているのに、
次第に色づき始めた森の中は、その彩りのせいで、
夏よりも明るく感じられたのが不思議でした。


小深沢 夏の大深沢 夏の大深沢
中山平のパワースポット小深沢と大深沢


晩秋になると、森の道も雨にぬれたり、朝ツユに湿っていたりと、
ちょっと物悲しい風景に変わっていました。
やがて中山平に雪が降れば、歴史の道も雪の下で眠ることになります。


一方の軽井沢ルート。
中山宿跡から入る軽井沢ルートの春はとても明るく、
新緑と西原の田植えが終わり青々とした田んぼの畔を流れる水音が心地よく、
のんびりとした里山の風情を楽しませてくれました。


西原地区の田園風景 西原地区の田園風景
のんびりとした里山の風情をみせる西原


小深沢・大深沢よりも標高が少し高くなっている軽井沢周辺は、
沢筋の間隔が長い分、起伏もゆるやかでとても歩きやすく、
落ち葉やところどころコケで覆われる道は、
カーペットの上を歩いているような歩きやすさです。


カーペットの上を歩いているような歩きやすい道の軽井沢 カーペットの上を歩いているような歩きやすい道の軽井沢
カーペットの上を歩いているような歩きやすい道の軽井沢


途中、手摺の付いた板の橋が急斜面にかかっていたり、
山形との県境付近にさしかかる後沢には橋が架けられておらず、
沢をポンポンと飛び跳ねて渡る、野趣にあふれた場所があるなど、
いろいろな表情を見せてくれたルートでした。

「出羽街道中山越」は、東側と西側では全く違う「顔」を見せてくれる、
それぞれの季節で楽しめるルートです。

やはり、季節ごとの表情に違いを発見しながら、
のんびりと約10kmの道のりを楽しんでいただきたいものです。
もちろん、汗をかいた後は、いい「お湯」も楽しんでくださいね。



まとめ 後編へつづく・・・



ぶしょう
松尾無精 記 
2010.11.30 おくのほそ道
こんにちは。曽良豆です。

先日、出羽街道の観光ボランティアガイドをしている
遊佐巌さんを取材させていただきました。

遊佐さんご自身、大の歴史好きということもあって、
出羽街道だけではなく、その周辺地域の歴史など
史実に基づいたお話をたくさん聞かせて頂きました。

出羽街道中山越に墓が残る
薩摩藩士・内山伊右衛門(うちやまいうえもん)は、
かの有名な西郷隆盛と親しい友であり、
薩摩琵琶の元祖であったこと。

地名である「尿前(しとまえ)」は、
識字文化の無いアイヌ語の名残の「シト」という音に、
先住民蔑視から「尿」という漢字を当てたということ。
(「シト」とは「尿」「山の麓」という意味の言葉のようです。)

などなど。
他にも「なるほど!」や「そうだったの!」というお話がたくさん。
(詳しい話は観光ボランティアガイドをしていただきながら聞くことができます。)

やはり、土地の文化や歴史は、地域に暮らす方から教えていただくと、
地元ならではのおもしろいお話が伺えます。
また、地元の方も地域の再認識としてオススメだと思いました。


ボランティアガイドの遊佐巌さん
ボランティアガイドの遊佐巌さん


さて、このブログも「メイキング」ブログということなので、
そろそろマップの制作状況を報告したいと思います。
まずは、ガイドマップのタイトルが決定しました。

その名も・・・、

「おくのほそ道 散策マップ~出羽街道中山越 芭蕉の道を訪ねて~」

です。
ガイドマップは、次々と校正を経て、
着々と制作が進んできています。

表面は中山平温泉周辺の地域資源の紹介、
裏面には出羽街道中山越のマップという構成になっています。

表紙には、古(いにしえ)の道という雰囲気が漂う
ある場所の素敵な写真を使っています。
この写真を見て、すぐにどこの場所かわかる方はかなりの出羽街道通ですよ!

また、WEB版もデザイン案があがり、
紙のガイドマップ+αな内容になりそうです。

どんな散策マップができあがるのかお楽しみに!



そらまめ
曽良豆 記


2010.11.26 おくのほそ道
こんにちは。松尾無精です。

中山平の冬は、一気に駆け足でやってきました。
そろそろ終盤になりつつあるメイキングプログですが、
今回は、再び奥の細道の軽井沢についてご紹介しましょう。

春から夏と、何度も歩いた出羽街道中山越ですが、
11月になって軽井沢を歩いてみると意外な発見をしました。
10月にはまだ広葉樹は緑の葉をつけたままで、
軽井沢のルートもうっそうとした感じでした。
しかし、今回訪れた「軽井沢」が、とっても明るいのに驚きました。

というのも、サイカチやトチの大きな葉が落ちはじめ、
広葉樹が黄色や赤に色づいたことで、森の中がカラフルで、
とても明るく感じたんですね。
この色の感覚が新鮮でした。


軽井沢の秋 軽井沢の秋 軽井沢の秋
軽井沢の秋


冬の雪道は体験していないけれど、春夏秋と三つの季節ごとに、
いろいろな表情を見せてくれる軽井沢であることを、
改めて確認することができました。


軽井沢6月撮影軽井沢7月撮影軽井沢10月撮影軽井沢11月撮影
軽井沢・季節の移り変わり
(左:6月撮影、中左:7月撮影、中右:10月撮影、右:11月撮影)



さて、この軽井沢に、国道47号から入れる林道と通じているところがあります。
場所は国道が軽井沢をまたぐ小さな橋のたもとで、
陸羽東線の陸橋と交差しているところです。
小さなスペースがありますが、ここに「出羽仙台街道中山越」の小さな道標が、
雑草の中に埋もれています。


国道からの入口 出羽仙台街道中山越の道標 軽井沢の三叉路へ繋がる
軽井沢の三叉路と国道の合流地点
(左:国道からの入口、中:出羽仙台街道中山越の道標、右:軽井沢の三叉路へ繋がる)



ここから950メートルほど林道を上っていくと、
軽井沢コース・中間点の庚申碑がある三叉路に出ます。
ただし、林道なので石がごろごろしていて歩きにくいのであまりおススメはできません。
林道を歩いた後は、軽井沢のふかふかした道がとても心地よく、
軽井沢コースの歩きやすさをまた実感できました。

軽井沢ルートには、大きな特徴が二つあります。
一つは、陣ヶ森に入ってからの行程のほぼ中央に、
斜面に張り付くように設けられた手すりの付いた板の歩道が設けられていること。

そして、そのすぐ先にある後沢には橋が渡されておらず、
石の上を伝って沢を越えるんですね。


手すりの付いた板の歩道 石を伝って沢を越える後沢
手すりの付いた板の歩道と石を伝って沢を越える後沢


つまり、軽井沢は「小深沢」「大深沢」とは趣の違う、
少し変化のある道なんです。
全体的に平坦なためか、気をつけて歩いていると
道を横切っている動物の足跡を発見することもあります。


奥の細道・出羽街道中山越マップはこちら




ぶしょう
松尾無精 記
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